神様も、土地も、人を招ばない(呼ばない)。
人が、そこに何らかのヒントがあると感じ、日常・現実に疲れたときに訪れたくなるだけ。
そして得てして平仮名のスピのひとは、日常を放擲して訪れた土地に、何らかの救いや指針を見いだす。
たまたま、それは本物かもしれない。
だが間違いであることのほうが多い。
勘違いでも思い込みで今までになく懸命に勤めた結果が、今までにない効果を呼ぶことは多いけどね。
神秘的な結果を求めるのは贅沢。
日常を離れたこと自体にふつうは価値があるのに、なぜか平仮名のすぴ信者は、それ以上の神秘体験を求め、錯覚する。
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