パワーストーンという名前で日本で呼ばれるようになったのはいつだったか。個別の効能を謳った石は昔からあったし、おみくじを引くような軽いノリでローティーンの頃から何度も買っていた。わりとすぐに効果がない・効かなくなったと飽きて紛失している。
タロットの話をするようになり、浄化という概念があり、石も浄化で効果が蘇ると言われることを知った。先週末にこの手の話題が忌憚なくできる人々と会い、水晶は水道水に晒すだけで良いらしいという話を聞いた。
月曜日、四日前。それでは久しぶりに自分用に石を買おうと思った。今年二回目。その前に石を買ったのは、五年ほど前に娘に贈った水晶球だ。(ん、自分用に買ったのを即座にねだられてあげたのだったかな ?) 直径 5cm ほどで、千円前後だったと思う。それくらいのものを買うつもりだった。
石の話をした女性が指に品良くはめていたオパールの印象があったせいだろう。ブラックオニキスの大きな、いかにも魔術師っぽく見える指輪に惹かれてこれを買ってしまった。アヤシイ。アヤシ過ぎる。ちなみに予算オーヴァー、2,600円。
帰宅して検索するとパワーストーンのサイトの数々では、ブラックオニキスは魔除けと日常的なものごとに集中できる効能があるという。オニキスは種類によって水に弱いから塩などで浄化しろと書いてある。ちと後悔した。
翌朝、鉱物としてのオニキスを検索した。石英だという。
子供の頃に持っていた鉱物標本では、方解石と石英、雲母が好きだったな。みな四角い結晶。あれ ? 四角い結晶に思いを馳せることで精神の安定を図ると、ちかごろ読んだ気がする。調べた。水晶も石英。
(あとで読み返して思ったが、雲母は六角形だっけ)
この指輪の石はとくに多孔性のオニキスでもなく、水に晒しても劣化しないだろう。なんだ、ふつうの水晶と同様に意識し、取り扱っても良いのか。ほっとして睡眠のほかのほとんどの時間、身につけていた。あまり日常の仕事に気分が向いたとは思えなかった。木曜日までは。
金曜日。外出して人の気配にあてられ、アヤシイからと外していた指輪を再びつけた。多少は精神状態が違うね、もちろん自己暗示もあるだろう。そこは区別しない。
しばらく用事のために歩きながら至った結論。私の場合、石に力があるとしても自分のコンディションのほうが強いのだとわかる。多少は変動する。だが、ずっと身につけていても効果はわからない。補正された調子の中で左右されるから。
むしろ石に私が与える影響のほうが強いのではないだろうかと、自分の気配が四角の結晶に収束され整うイメージをもってみた。わりに気分が良い。
夕刻から娘に会い、この指輪を娘にしばらくはめさせてみた。気に入られたが、さすがにサイズが彼女には大きいからねだられはしない。とはいえ見せびらかすだけというのも気分が悪いので、そのての石ショップにも食後寄る。
500円でけっこう大きな、手に握れる大きさの原石タイプ型の水晶をまた私用に買ってしまった。娘と喫茶店で本を読むときに卓上に置いたり、帰路に握りながら意識を向けてみたり。
そうね。コリを覚えている肩に当て、四角い結晶を経由してコリが出て行くイメージの補助にする。これは効く。コリが軽減する。それは自己暗示も含め、あるいは石にもし力があるとしても、そのイメージを本人が描かず人に押し当てられたのでは何の役にも立たない、かもしれない。少なくともこれほどの効果はないだろう。
娘とみた石、たとえば月長石に彼女は惹かれていた。結晶の形がどうだかしらないが、これに集中して効果があるとしたら、石英に託す直線の動線ではなく、むしろ円に近いものだろう。適切なイメージがあって、私ははじめて石に効果を期待できた。
少年のころの私は、日常にむける覇気や力強さがないと虎目石を求め好んでいた。だが予算の都合で珠のかたち。集中するといえば珠の中心に向けるという固定観念があった。それでは、覇気も力強さも得られないよな~。
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